不登校

不登校から考える学校

思い返せば、長男が中学生になってから、
そういえば度々学校に対する不満や疑問を口にしていました。

1学期しか通っていないにも関わらず、いくつもありました。

そしてそのどれもが、わたしは長男の意見に一理あると思えるものばかり。

その中でも一番、学校そのものの問題が凝縮されていると感じたのはこんなことでした。

数学の定期テストにあった文章問題で、

長男の回答は、

式の組み立て
計算、そして答え

このすべてが正しいのに、

「問題を解く過程が、問題の狙いとは違う」
として

減点されていました。

はぁ!?

さっぱり意味が分からず、長男に聞くと、

教科書に載っていた
「効率のよい解き方」という例題にあった模範解答を指し、

この解き方で解くというのが正解らしい、と。

もう一回言うわ、

はぁ!?

学力とは。

習ったことを習った通りにアウトプットできること、なんですかね!?

それ、ロボットでよくない?

その他にも学校が子どもを評価する基準って、

発言回数や積極性、

大きな声で明るく、とか

その子の持ってる力というより、性格や個性みたいなものもたくさん入ってないかな。

長男は小学校時代からず~っと、

もっと積極的に手を挙げて!

自信持って前に出て!

言われ続けてきました。

でも、人前に出て目立つことは嫌いで、リーダー気質ではないんですよ、彼は。

それでも人とちょっと違う視点で物事を見ていたり、

挙手しての発言はできなくても、ちゃんと自分の意見がまとまってたりしてたはずです。

そこは評価されずに、

学校が良しとする人物像を100点として減点されていくような評価。

子どもたちは内申点という、
いわば弱みを握られているので、
学校が理想とする姿でいることを求められて、
自由な、柔軟な考えを封じ込めてしまわざるを得ないんじゃないかな。

本当にそれでいいのだろうか。

実際、長男の学校で行われた生徒会の選挙に立候補した子どもたちのスローガンは、全員、

大きな声であいさつしよう

でした。

長男は冷ややかに、全員同じこと言ってて呆れるわって言ってました。

生徒会に立候補した子たちがどうの、ではなく、
全員同じことを言わせてしまう環境が疑問なのです。

本当に子どもたちがやりたいことではなく、
先生ウケのいい無難なことに落ち着いてしまうという怖さです。

ところで我が家の下の娘は、長男にとって妹になりますが、

場面緘黙症を持っていて、

大きな声であいさつなんて無縁の子です。

個人的な感情かもしれませんが、
大きな声であいさつできなくても、
心はちゃんと持っているのに、
それができないからダメだと烙印を押されてしまう
現代社会の闇を垣間見た気分でした。

大きな声であいさつできるのは素晴らしいことですが、

その言葉の表面だけじゃなくて、

そこにある真意をだれも見ようとしてないことも怖いです。

あいさつってお互いの存在を認め尊重し合うためのものですよね?

いろんな違いを超えて、
そこにいるっていうことに敬意を表する行為。

だから大きな声じゃなくても、
アイコンタクトでも、
ハイタッチでも、
にっこり笑顔でも、
もっと言えば「いつかできるようになりたい」って思うことだって立派な挨拶です。

そういうことに気付こうともせずに、
表出するものだけで大人が評価するから、

日本でインクルーシブ教育が成り立たないんじゃんか!

声を大にして言いたい。

「お前のその根本的な心得違いを正さない限り、欲しいものは手に入らないぞ!」

はい、鬼滅の刃の主人公、炭治郎も言ってますよ。

個人の特性を受け止め、
その子の成長や学びを大事にする、
それがインクルーシブ教育ですが、

それは何も障害を持った子たちにだけ必要なものではないと思います。

個性を大事にされずに、
既存の評価基準に沿って評価されるだけでは、子どもたちがかわいそうです。

そんな環境に

学校がイヤだ

ってなったのが、不登校になった我が家の長男。

きっと色んな圧力がかかって、
学校という場所が、
自分が自分でいられる場所ではなくなってたんじゃないかと思います。

学校で教わる教科学習って、本来、

数学は、物事を理論立てて考えるための学問だろうし、

国語は文章や会話から物事の本質を読み解き、人の心に寄り添うための学問だろうし、

理科は不思議に対する好奇心に応えるものだろうし、

社会は世の中の構成を知り、過去に学び未来を創るためのものだろうし、

英語は国境を越えたコミュニケーションの礎になるもの。

美術、音楽、体育、技術、家庭は、
知識というより五感を使った楽しみであり、生きるための知恵だったりするもの。

(個人的な意見です)

このすべてが、
個性や多様な考え方があってこそ、豊かなものになるんじゃないかな。

正確な記憶による知識なら、いくら頑張っても人間はAIに負けるよ。

これからの学校には、
人間力を養い磨けるような、
懐の深い教育をしてほしいと切に願います。

話はちょっと変わりますが、

今、日本の経済が結構厳しいという現状に多くの人が気付いていないという危機的状況らしいです。

世界の先進国の中で、とりわけ日本が遅れているというのです。

その指標になるのが、iPhoneやビックマックの価格が表しているそうな。

iPhone、本体高いですよね?

そう感じるのは、
日本人の経済力が、世界に対して遅れていることを表していて、

ビックマックは現在390円(=3.55ドル)
それに対しアメリカでの価格は、5.65ドル。
(2021年10月現在)

日本はアメリカに対して、実に40%近く低い価格に設定されています。

それはなぜか?

それは日本の経済が成長していないから!

日本の経済が成長していないということは、

日本の企業の力が伸び悩んでいるから。

日本の企業の力が伸び悩んでいるのは、

優秀な人材が育っていないから!

優秀な人材ってどんな人?

それは正確に早く計算ができる人でも、
歴史年表をばっちり覚えている人でも、
英語の文法がパーフェクトにわかってる人でもない。

広い視野と柔軟な発想、
そして大事なものを見過ごさない目と実行力。

(個人の意見です)

世の中はすごいスピードで進化してます。

わたしたちが子どもの頃には想像すらしなかったものが、
当たり前のように生活に入り込んできてますよね。

だから与えられたものをそのまんま、アウトプットできることだけが学力じゃないと思うのです。

そこから別のルートを探しだしたり、
別のことを導き出したり、
今まで誰も考えなかったような可能性をひらめいたり。

だから先生が狙った解き方でなくても、
自力で答えに辿り着いた我が長男に減点するなんてことは、

子どもの可能性を潰してるだけ

って思えて、すごく悔しいです。

長男の不登校から、

今の学校、大丈夫?

今の日本、大丈夫?

って思ったお話でした。


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